転職でわかったもの

以前の職は「塾講師」。

学生9割の中、ほぼ1人の社会人講師として頑張っていました。

時には親のように叱り、時には泣いている子を抱っこし、学生ではできない仕事を全て私が担当していました。

もちろん学習塾なので、厳しいルールが定められていました。

携帯、おしゃべり、飲食は禁止。

講師室での水分補給も、生徒の見えないところで飲むこと。

お菓子なんて食べてた日には強制退場です。

授業をするだけでも結構な重労働ですが、それ以外にもクレームや保護者の電話対応、生徒のスケジュール管理、参考書や問題集の仕分け、教室の開け閉め、掃除・洗濯など、雑務といっていい仕事が大半を占めていました。

目まぐるしいほどの業務にも慣れてしまっていたので続ける気でいましたが、夕方からの時間帯がライフスタイルと合わず、家族に迷惑が掛かり始めたので転職することに。

今までの講師経験を活かし、国立の研究所の補佐の仕事につきました。

さあ、前よりも難しい勉強をしている人たちだから、もっと忙しくなるぞと意気込んでいましたが、いつまでたっても多忙になりません。

それどころか、研究職の先生たちから論文の編集や翻訳を回される仕事をしながら、研究員や補佐仲間と談話したり、お菓子を食べながらたまに携帯チェックしたりと自由そのもの。

このギャップに最初は戸惑いました。

こんな仕事場が存在するのか!と驚きました。

2年前に転職を希望して就職活動を行いました。

2年前に転職を希望しました。当時の経済状況で松山市は開発が進み国体などのイベントが開催される予定もあり求人もあるだろうと思いました。それに転勤すれば二重生活になり余計にお金がかかるのではという思いもありました。そして実際にいろんな人に相談を持ちかけたところ面倒を見てくれる隣人がいたので、最終手段としてそこにお世話になろうと地元のホテルを色々と探しました。しかしホテル業は給与面で折り合いがつかずに、車の販売会社も最終面接まで行きましたが、返事に時間がかかるということだったので諦めて隣人の会社でお世話になりました。ホテル業から内装関係の建設業への転身でしたので、すごく不安で、自分は素人だということを伝えましたが、じっくりと教育するから大丈夫ということだったので時間はかかるが技術を身につけようと考えて決心いたしました。

しかし実態は入社してからその隣人との折り合いが悪くなり半年足らずで退職しました。個人経営ということあり契約が口約束だったので、これでもかというくらいにこき使われ休みもほとんどありませんでした。挙句の果てに電動のこぎりに指を突っ込んで大怪我をしてしまい逆にそれを利用して辞めました。人生はなかなかうまく行かないことを思い知りました。